カンボジア事業地レポート:変化の現場と支援のかたち

カンボジアの今―都市と人の動き
2025年3月末から4月上旬にかけて、「包括的コミュニティ開発事業」の現地調査のため、カンボジア・ポーサット州ビール・ベン地域を訪問しました。昨年はエチオピアの事業地も訪れましたが、今回のカンボジア訪問では、両国の違いや共通点をあらためて感じることができました。
カンボジアの首都プノンペンでは、エチオピアのアディスアベバと同様に都市化が進んでいて、朝夕は交通渋滞で車がひしめき合っていました。現地での移動には、スマートフォンのアプリを使ってトゥクトゥクを呼び、クレジットカードで支払いもできるため、言葉の心配もほとんどありません。

プノンペン
また、カンボジアとエチオピアの両国で、新しい空港や道路の整備など、インフラ面に中国からの支援があると聞きました。カンボジアにはエチオピアでは見かけなかった丸亀製麺などの日本のレストランがあったり、事業地では他の日本のNGOも活動していたり、エチオピアより日本とのつながりの深さも感じました。
そんな変化を目の当たりにしながらも、特に印象に残ったことが2つあります。1つはビジネスパーソンから屋台の店主に至るまで、多くの人がスマートフォンを活用していたことです。配達サービスの利用やバーコードでの支払い、さらには隙間時間にSNSを楽しむ姿が見られ、国や地域は異なっても、現代社会の暮らしぶりは似ていました。
もう1つは、プノンペンでは米ドルでの支払いが可能であり、お釣りは米ドルとカンボジアの通貨であるリエル(KHR)の両方で返される点です。お店の人たちもドルとリエルの換算に慣れており、瞬時に計算して対応している様子に感心しました。
変化が進む地域と事業地
事業地はプノンペンから車で約6時間、タイ国境に近い場所にあります。日本と中国の支援で整備された幹線道路を通ってアクセスでき、こうした道路の整備により、地域の暮らしにも少しずつ変化が見られるようになってきました。
携帯電話や電気の普及といった現代の技術と、昔ながらの生活が交差する風景が広がっていました。さらに、郊外の美しい自然を求めて外国人旅行客が訪れたり、新しく建てられたロッジがあったりと、観光の兆しも見受けられました。
例えば、私が滞在中に朝食をとっていたレストランの駐車場には果物の露店が出ていました。そこで毎日元気に声をかけてくれる店主の女性は、お客さんと写真を撮ってSNSに投稿しており、こうしたデジタルの活用が、商売の幅を広げていました。また、外国資本によるカフェもできており、地域発展への期待の高まりを感じました。
一方で、滞在していた町からさらに30分ほど進んだデイ・クロウ・ホルン村の事業地では、生活の格差が目立っていました。同じ村でも、日本製のトラクターを使って比較的安定した暮らしをしている家庭もあれば、農作業のすべてを手作業で行っている家庭もあります。
周囲と比べて生活が苦しい「相対的貧困層」と呼ばれる人びとの厳しい状況が浮き彫りになっていました。
最初に訪問したのは、3か月前に井戸を建設した家庭です。新しく設置された井戸からは勢いよくきれいな水が出て、子どもたちはその水を嬉しそうに飲んでいました。この井戸水は飲用だけでなく、家庭菜園の水やりにも使われており、日々の暮らしを支える大切な役割を果たしています。

設置された井戸
ホープは、農業研修や農機具、種の提供といった支援も行っています。支援を受けた家庭では、自宅で育てた野菜を国道沿いで販売し、現金収入につなげていました。暮らしの中にしっかり根づいた支援が、確かな変化をもたらしていると感じています。
また、ホープは水や農業だけでなく、衛生環境の改善にも取り組んでおり、屋外での排泄を防ぐために1家庭あたり200ドルの支援を行い、家庭用トイレの設置を進めています。私自身も現地で設置されたトイレを利用しましたが、清潔でプライバシーが保たれたトイレがあることは、健康を守るだけでなく、安心や尊厳にもつながるとあらためて実感しました。
子どもたちに、支援前はどんな水を飲んでいたかを尋ねると、「家から5分ほど歩いた場所で泥水をくみ、沈殿させた上澄みの水だけを飲んでいた」と教えてくれました。ほんの数か月前までそのような生活をしていたと思うと、母親でもある私にとって胸が痛む思いでした。また、別の家庭ではトイレがなく、子どもがお腹を壊しがちだったこと、母親が夜間に藪まで行くのがとても怖かったことなどを語ってくれました。
インタビューでは、「生活が大きく変わった」「安全な水をたくさん使えるようになった」「1日3食食べられるようになった」「健康になった」「野菜を売れるようになった」「収入が増えた」など、変化を実感する言葉がいくつも聞かれました。次にこの地域を訪れるとき、こうした言葉がどのように変わっているのか。これからの支援によって、さらに暮らしがよくなっていくことを願っています。
支援の成果をどう測るか
現在行っている事業の成果を確認するため、すでに井戸が設置され家庭菜園を始めている世帯(介入群)と、これから支援を受ける予定の世帯(未介入群)を訪問し、生活の変化について聞き取り調査だけでなく、数字による比較(定量的調査)も行いました。支援によって、家計にどのような変化が生まれているのかを確かめることが目的です。
一般に家計調査では、収入よりも支出のほうが正確に答えやすいため、家計のようすを見るには「支出データ」のほうが信頼性が高いとされています。実際に比較してみると、井戸の設置からわずか3か月の介入群では、1日あたりの支出が未介入群の約7倍(3,378KHRと471KHR)に増えていました。これは、井戸の水で育てた野菜を売るなど、生活の幅が広がったことが数字にも表れているといえます。
しかしながら、たとえ支援を受けた家庭でも、世界銀行が定める貧困ライン(1日2.15米ドル=約8,000KHR)には届いておらず、いまだに深刻な貧困状態にあることも明らかになりました。
こうした金銭的なデータに加えて、国連開発計画(UNDP)による「多次元的貧困指標(MPI)」という指標も使って、生活の質を見てみました。MPIは、「健康」、「教育」、「生活水準」など10の項目で評価するもので、調査の結果、未介入群は「深刻な貧困」とされる一方、介入群の約9割は「貧困ではない」と判定されました。わずか3か月の支援でも、生活全体に大きな改善が見られたことになります。
このように、どの指標を使うかによって「貧困かどうか」の判断は変わります。収入や支出だけで見ると「貧困」ですが、MPIでは「貧困ではない」という評価になります。つまり、貧困をどう捉えるかが、とても重要なのです。どちらの指標にも意味があり、それぞれに強みがあります。それをきちんと理解した上で、本事業では、両方の指標を取り入れながら、支援の成果を多角的に評価していきたいと考えています。
現在、デイ・クロウ・ホルン村では合計17基の井戸を設置する計画があり、そのうち7基はすでに完成しています。今後は、農作業に使う牝牛(めうし)を貸し出す「アニマルバンク」や、女性が小さな商売を始めるための少額融資、「マイクロファイナンス」の導入も予定されています。これらの支援についても、数字と聞き取りの両面から変化を追いながら、支援者の皆さまに正確な情報をお届けし、事業担当者としてアカウンタビリティの確保を大切にしていきたいと思います。
現地の人々と歩む支援の意味
今回の調査に協力してくれた現地パートナー、ホープ・カンボジア代表のリーさんは、クメール・ルージュ政権下(1975〜1979年)で家族を失いました。その痛みを力に変え、30年以上にわたって地域に寄り添ってきた姿勢に、心打たれました。
「食べられない人がいれば、その一人に手を差し伸べたい」。そう語るリーさんは、現地では自らの肩書きを明かさず、通訳として村に入り、住民と同じ目線で接しています。こうした姿勢があるからこそ、地域に根ざした支援が実現できているのだと感じました。この思いはリーさんだけでなく、村の人びとにも共通しているようです。たとえば、地雷で足を失った男性の家庭を、「苦しい時代をともに乗り越えてきたから」と、近隣の人びとが日常的に支えている様子からも、そのことがよく伝わってきました。
一方で、クメール・ルージュ時代を知らない子どもたちも多く、過去を次の世代にどう伝えるかは、カンボジアの教育における大きな課題です。現在、現地の学校では算数と国語が中心で、その他の科目はほとんど教えられていません。設備や教員が不足しており、午前と午後に分かれて授業を行う2部制が取られています。政府もこの状況を把握し、教育改革に向けた検討を進めているところです。
また、現地で出会った町内会の若いリーダー、ジャナさん(30歳)との交流も印象に残りました。彼女と井戸未設置の老夫婦の家庭を訪問した時のことです。その家庭では、わずか1か月前に3歳の孫を亡くし、自宅の庭に埋葬したそうです。
ジャナさんは、老夫婦の厳しい暮らしについて、静かに語ってくれました。食事にも困る状況の中で、できる限りの支援をしているものの十分に応えられないことに、言葉を詰まらせ涙を流す場面もありました。その姿に、私も胸を打たれました。
このように、貧困の中にいる人々を支えることは、決して簡単ではありません。今回の出来事を通して、改めて現地の人々と共に歩む支援を続けていくことの大切さが身に沁みました。
最後に―支援のこれからに向けて
「その場だけ助けても、ずっとは助けられない」──支援の現場では、たびたびこうした課題に直面します。助けたいという思いと、どうしたらよいのかわからないもどかしさは、いつも私の胸を締めつけます。
ホープの支援は、貧困から抜け出すための道筋を示し、住民の自立を支えることを目指しています。「水」は命をつなぎ、生活を変える大きな力を持っています。私たちの活動は、その「水」から始まり、衛生環境の改善、収入の向上、教育へとつながり、未来の希望へと続いていきます。

向かって左:井戸の水、右:以前利用していた水
どうかこれからも、こうした人びとが自らの力で歩みを進めていけるよう、継続的なご支援をよろしくお願いいたします。
ホープの活動は、皆さまからのご寄付に支えられています。