ホープへの寄付が、私の「もう一つの肺」になるまで
大阪マラソン2026 チャリティランナーレポート

トレーニング中の壁を乗り越える
12月のある木曜日、朝8時20分。
大阪マラソンに向けたトレーニングランに出る予定でしたが、外は氷点下2度の凍てつく空気で、思わず足が止まりました。
本音を言えば、長野の山の家で、暖炉のそばにいたかった。あえて苦しい思いをしに行くなんて、全く気が進みませんでした。
そのとき、自分の決意を思い出しました。
カンボジアの水支援プロジェクトのために、ホープ・インターナショナル開発機構への寄付を募るチャリティランナーとして、フルマラソンを走ると決めたのです。
私はランニングウェアに着替え、シューズの紐を結び、冷たい冬の空気の中へ28kmのトレーニングランに出ました。最初の1キロは震えが止まりませんでしたが、もっと大きな目的に突き動かされていると、寒さは次第に気にならなくなっていきました。
私は、自分自身を超えた大きな目的のために走っていました。
その朝のランニングは、これから待ち受けている精神的な闘いの前触れでした。
そして私は、ある大切なことに気づきました。それは、「自分以外の誰かのために走ること」こそが、過酷なレースを最後まで走り抜くための最善の方法である、ということです。
「もうやめろ」という体の叫びを振り切って
週6日、平均で毎週50〜90kmという走り込みを半年間続け、ついに大阪マラソン本番の日を迎えました。ホープや他のチャリティ団体のランナーのために用意された「チャリティルーム」のおかげで、レース前の準備はいつもよりもスムーズでした。
号砲が鳴ると同時に、私たちは走り出しました。最初の10kmはあっという間に過ぎていきました。沿道の応援やレースの高揚感に後押しされ、いつも以上のペースで走っていました。ところが11km過ぎたあたりから、疲労と筋肉の痛みが出始めました。いつものような筋肉の疲れでしたが、まだ全体の30%にも達していないことを思うと、精神的な負担は大きくなっていきました。
12km地点で、自分の名前を叫ぶ声が聞こえました。
「ブランドン!」
振り向くと、そこにいたのはホープのチームでした。応援してくれている姿を見た瞬間、エネルギーが一気に湧いてきました。自分は一人で走っているのではなく、このチャリティチームと共に走っているのだと感じました。その存在は、私にとって大きな支えになっていました。

レースは大阪中心部の活気あるエリアを抜けて続いていきました。私は疲れのことを考えないよう、台湾から来たランナーの大きな集団を眺めたり、ランナーごとのフォームの違いを見たりしていました。
30kmの壁
30km地点を過ぎたあたりで、脚は重く、こわばってきました。これほどの距離を、このスピードで走り続けるのは、体にとって自然なことではありません。体は「もうやめろ」と訴えかけてきます。
無意識の声がこう問いかけてくるようでした。
「どうしてわざわざ苦しい思いをするんだ?全然楽しくないだろう?」
両膝の腸脛靭帯が痛み始め、一歩踏み出すたびに不快感が走りました。それでも、まだ10km以上残っています。まいったな。「壁」は単なる比喩ではなく、ずっしりとした重さとして感じられました。
このまま最後まで走り切るだけの体力が自分に残っているのか、不安がよぎりました。ここまで1kmあたり4分45秒のペースで走ってきましたが、42.19kmのゴールまで持ちこたえられるのか分かりませんでした。
その日は2月にしては珍しく気温が20度まで上がり、暖かく晴れた日でした。暑さは厳しく、呼吸も浅くなり、酸素だけでは足りないと感じていました。
そのとき、ふと気づいたのです。自分のためではなく、もっと大きな目的のために走っているのだと。
「しっかりしろ、ブランドン」、そう自分を奮い立たせました。このチャリティに寄付してくれた大切な友人たちのために、そしてカンボジアで安全を必要としている人々のために、自分は走っているのだと。彼らのためにも、ここでやめるわけにはいかない。自分には果たすべき目的がある。走り続けよう。
外的な動機づけがもたらす、驚くべき力
自分を応援してくれている人たちの存在を思い浮かべるだけで、力が湧いてきました。
それは、著名な寒中水泳家、ルイス・ピューの言葉を思い出させるものでした。
ルイス・ピューが北極点近くの冷たい海に飛び込んだとき、あまりの寒さにボートへ引き返そうとしたそうです。彼は「もうやめろ」と訴えかける自分の内なる声と闘っていました。彼を海へと向かわせたのは志でしたが、泳ぎ続ける力になったのは外的な動機づけでした。
その日、ボートのサポートクルーを含め、彼を応援していた人々が彼を前へと進ませたのです。体が「もうやめろ」と叫ぶときこそ、そうした人たちとのつながりや責任感が、自分にとっての第二のエンジンになるのだと気づいたのです。
ピューがよく語っているように、極度のストレス下では、まず内なる意欲が失われていきます。そして、そのときに生まれる空白を埋めるのが、外とのつながりや周囲に対する責任感なのです。
36km地点で脚が鉛のように重くなったとき、私は思い出しました。友人や寄付者、そして現地で応援してくれているホープのチームの想いを、自分は背負って走っているのだと。
ゴールへ
やがて、1時間近くの苦痛に耐えながら走り続けるうちに、ようやくゴールが見えてきました。最後の12kmは過酷でしたが、外的な動機づけが私を前へと進ませました。ただ完走すること。それだけでした。
私は呼吸とフォームに集中しました。疲れ切った体でもしっかり呼吸できるよう、2歩で吸って1歩で吐くリズムを意識し、音楽もテンポの速いものに変え、1分間180拍に合わせてピッチを維持しようとしました。
両膝は痛み、右ふくらはぎと、なぜか両腕にも痙攣が起きました。3時間を超える激しい運動に、体は慣れていなかったのです。それでも、支えてくれた人たちを裏切るわけにはいきません。心の中で繰り返していたのは、ただ一つ。「持ちこたえろ。気持ちで乗り越えろ。」
結果は3時間36分でゴール。自己ベストを12分更新しました。
ゴール後、茂みで2度吐いてしまい、まともに歩くこともできず、まるで傷ついたアヒルのようによろよろと歩いていました。けれどこの状態こそ、自分がすべてを出し切った証だと感じました。
私は、自分のためではなく、もっと大きな目的のために走っていました。それはホープのためです。
もしこの記事を通してみなさんに一つお伝えできるとすれば、それは資金を募り、ホープのランナーとしてマラソンを走ることが、どれほど意味のある経験かということです。
アフリカのことわざにこうあります。「早く行きたければ一人で行け。遠くへ行きたければ共に行け。」
皆でつかんだ勝利
今回のレースにご寄付くださった皆さまに、心より感謝いたします。
Sam R., JX, Mike A., Sasaki-san, Song, Joshua W, Ritchell, Rob C, Jonathan, Chris L, Suzuki-san, Mahboob, Brian O, Kuofang, Ed, Will C., Paul S., Song そして他にも寄付をくださった大切な友人たち。本当にありがとうございました。
数通のメールとLinkedInでの2回の投稿に応えて、多くの方が支えてくださいました。皆さまの応援が、レースを最後まで走り切る力になりました。そしてこの支援は、カンボジアの人々が、命をつなぐ安全な水を手にすることにつながります。
また、ホープのスタッフの皆さんにも感謝いたします。チームへの参加やレース前のカーボローディングディナー、そして大会へのエントリーなど、さまざまな面で支えていただきました。ありがとうございました!
これからも、スポーツを通じてこうした大切な活動を支えていきましょう。次のチャレンジを探している方は、ぜひホープのマラソンチームに参加してみてください。きっと、もうひとつの「肺」のように、あなたを支えてくれるはずです。

ホープの活動は、皆さまからのご寄付に支えられています。
